<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
ボクは転校生だった。
小学1年の時に転校を経験した。
引っ越しそれ自体はじめてではないので、辛くも寂しくもなかった。
笑顔で教室のみんなと挨拶をして新しい住所へ移った。
そこにはドリームランドがあった・・・。
●
ボクはこの土地で生まれた者ではない。
両親の故郷がボクの生まれた所。
1歳半で横浜へ来たので、充分横浜の人間だと言っていいでしょう。
・・・それでもボクは自分がここの土地の者だと思えないでいる。
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
不思議とそれは自分に自信や勇気を与えるバックボーンとなった。
つまりどんな事でも・・・失敗や困難があっても今の自分がすべてではない。
だから大丈夫。大した問題じゃない。
・・・と、こういう感覚が常にあるのだ。
不思議な話だけど、「自分の場所が他にある」と思える事は、
とても強い勇気へと繋がるのだ。
●
きっとこれは地方から上京してきてるような人にはめずらしくない感覚なのではないか?
と思っています。
故郷のある人間はその分強いのだと思う。
・・・でも実際にはボクにはその故郷に実家などないのだが。
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
物心ついた時には横浜市の中で引っ越しをくり返していた。
今度の家のすぐ側には遊園地がある。それはドリームランド。
これが子供にとってどれだけ刺激的でうれしさに満ちた事だっただろうか。
しかし、そんなボクではあるけど、この土地を愛するという事はついになかった。
●
それは親の影響もあるであろう。
今住んでる土地の話など聞かされた事はない。いつだって自分たちの故郷の事だ。
田舎から送られて来る変わったお菓子類。
親戚が遊びに来ると訛りのある言葉で話す。
祖父や祖母だって方言で話す。
それはあまりに独特で、とても日本語には聞こえない程だ。
自分もこの人たちと同じ血が流れているんだとそう思う。
それはとても誇らしい事だと思えるのです。
●
何度も言うようにボクは今住んでる土地を自分の本来の住処だと思っていない。
それでも小さな引っ越しを含めても30年、ここに住んでいる。
その間、風景はかなり変わった。
山も谷も畑も田んぼも、住宅に変わってしまったのだ。
●
丘の上のそれでも変わらず有り続ける姿がある。
ドリームランドだ。
建てられた当時は東洋一とも言われた観覧車がある。あるいは東洋一と言われたのは、
エンパイアホテルという22階建ての建造物かもしれない。
これらはずっと、空高く立ちそびえていた。
学校へ行く時も、遊ぶ時も、通勤の帰りにもその光景は見えていた。
・・・・ドリームランドが閉鎖になるという。
●
今でもこの光景がなくなる事が信じられない。
まるで・・・まるで、まるで・・・
故郷が消えてしまうようではないか!!
そこにあって当然の物。
それこそが自分の故郷なんだろうか・・・?。
こんなに寂しい事だとは思わなかった。
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
【シャトル・ループ】
宙返りコースター。日曜・平日に関係なく、コースターの回転する轟音とともに
「キャー、キャー」と歓声が鳴り響いていた。
ドリームランドの事は5〜7夜の「3夜」に分けてお話ししたいです。
今回のは、前回<5夜>のおまけと思ってください。
だから、<5夜と1/2>です。
●
2/17、閉園日は雨でした。
あれから一ヶ月と少し。あの冷たい雨がウソのようにポカポカ陽気が続いて、
閉園したドリームランドにも桜が咲きました。
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
【シャトル・ループ、と、春日神社】
シャトル・ループの突端。コースターはここまで登りきると、
バックして下っていく。
元々、田畑や小さな丘しかなかった所なので、
遊園地をちょっと離れると木々が多く茂っています。
騒音の激しい回転コースターの傍らには神社があり、
初もうでや節分などの光景が見られます 。
●
こう書いてると観光案内でもしてるようですが(笑)、
そうではありませんよ。
撮影日は天気が良くあまりにも閉園後の
ドリームランドがのどかな景観となってるため、
写真に収めたくなったんですね。
【観覧車、フリーフォール】
ともにノッポな遊具。ゴンドラが90゜落下>フリーフォール。
今年は桜の開花が早かったですね。
あの雨の日の閉園から桜の開花までの変化が大きいものだから、
軽い感激があったのでしょう。
めずらしく写真撮影をしてみたくなりました。
でもファインダー越しに眺めてみると
絵になるような桜はありませんでしたねー・・・。
【シャトル・ループ】
あとで合成するつもりで、分割して撮影>写真上・下。
360゜見渡すとそれなりに春らしいのだけど、
写真で切り取ると、その印象は畏縮した感じになります 。
う〜ん、写真は難しいです(^^;。
●
結局、絵になる場所は、このシャトル・ループ近辺だけだった。
園外を一週してみたけど、
その他の写真には桜が写ってない事もあるので、
<6夜>以降にご紹介したいと思います。
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
最後に(・・・もう最後です!・・・!笑)、
隣接してあった商店街アーケード「ドリーム銀座」の写真をご覧いただきましょう。
●
【ドリーム銀座】
スーパーマーケット、軽食、喫茶店、歯医者などがあった。
現時点で店鋪は一つも入っておりません。
閉ったシャッターにこんな落書きがありました。
【落書き】
「@感謝の気持ち@
20年間一緒にそだってきた ドリームありがとー又あいましょう
産湯は潜水艦の水。小守 歌は観覧車。
始めて気付いたよ、近くて遠い事に。
お父さん、お母さん、ドリームに生んでくれてアリガトウ!!
P.S.一年間付き合ってくれた彼女にさよなら
PEACE!! 」
(原文ママ)
●
笑えるでしょう?
これを見つけた時は爆笑ものでした!
でも・・・ある面、これは地元の青少年や、かつて子どもだった人たちの
心境を代弁している事も事実なのです。
「子守唄は観覧車」
乗り物の出す機械音・人々の歓声・場内アナウンス・・・
これらの音も含めて 地元の景色でしたね。
そして<5夜>での最後に書いた言葉。
「そこにあって当然の物。
それこそが自分の故郷なんだろうか・・・?。
こんなに寂しい事だとは思わなかった。」
・・・落書きの言葉とほとんど変りません(^^)。
|
【凱旋門と鳥】
ここが入り口。開園した頃は衛兵が常駐していた。
|
<■◆◆・・・・ ∽ ・・◆◆■>●<■◆◆・・ ∽ ・・・・◆◆■>
戻る。
|