Night Park●●●●●●●●
=======夜草の園

島唄(沖縄と奄美)

<◆◆・・・・  ∽  ・・◆◆>●<◆◆・・  ∽  ・・・・◆◆>

【宴の風景】


祖父・祖母がやってきたり、田舎から親戚がやって来ると宴会になる。
それには必ず「唄」がつきもの、となる。

・・・ボクは子どもの頃この大人達の宴会が好きではなかったね〜。
それはいわゆる「島唄(大島民謡)」で、
祖父もまた父も三線(島三味線)を弾きながら歌う。
さらに饗がエスカレートすると、父の、島三味線に合わせて
祖父も祖母も手踊りをしだす。父は指笛なんかも吹いたりしてね。

父も母も田舎は奄美大島という所で、
鹿児島県の南端、大隅半島のさらに南から、
沖縄の手前までの島々で奄美諸島を形成している。
ボクもそこで生まれたのだ(生まれてすぐ横浜へ)。

 祖父の島三味線
 を使い、草花との
 インスタレーション生け花。

 作/ピュア1st.



誤解を招きやすいけど、奄美は沖縄県ではありません。鹿児島県なのです。
・・・たしかに沖縄と奄美はよく似ていますね。
ボクも沖縄民謡奄美民謡の区別がつかなかった。中学くらいまで。

その昔は奄美諸島も琉球王朝の支配にあって、
今にいたるまで琉球文化圏にあるのだろうとは、思います。
歴史をひも解けば、きっと薩摩藩が琉球から奄美諸島を割譲されたのだろう
・・・と思いますが、実の所よく知りません。調べてないので


【沖縄文化の浸透】


南沙織フィンガー5が本土デビューをした時はまだ、
たしか沖縄は日本に復帰してなかったはずです。

復帰が昭和47(1972)年。
彼らも沖縄旋風であったかもしれないが、
沖縄が自己主張しだしたのは(つまり世間が沖縄文化に感心を持ち出すのは)
昭和54(1979)年頃、
喜納正吉とチャンプルーズによる『ハイサイ・オジサン』
ヒットからと言えるのではないかと思う。

「まったく新しい音楽が上陸!」
といったようなCMスポットがラジオから流れた。
確かにボクにはそれがロックンロールに聴こえたね。
その後にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が音楽シーンに登場する。
アルバム『ソリッド・ステイト・サバイバー』
2曲目には沖縄風の曲が納められていた。


『Solid State Surviver』イエロー・マジック・オーケストラ(1979)


・・・後から知ったのだが、YMOのリーダー細野晴臣が沖縄の音楽と出会うのは、
先の『ハイサイ・オジサン』が最初なのだそうだ。
なんだ、それならボクと同じじゃないか!

細野晴臣OMNI SOUND』(1990)
 リットー・ミュージック
 細野晴臣の 作品を年代ごとに紹介、解説する。



その後、ワールド・ミュージックのブームがあったりして、
最も身近なワールド・ミュージックとして
沖縄音楽はますますメディアに乗るようになった。

リンケンバンド、ネーネーズなど沖縄からのミュージシャンも
目立った活躍をするようになり、
我が家族は好んでそういった音楽番組を視るのであった。
ボクらは沖縄音楽奄美民謡の親戚のように感じていたのだ。

しかし両者はやっぱり違う。
はっきりと違うのですが、この説明は後にするとして・・・。


父が言う
「何故こうして出て来るのはいつも沖縄なのだ?・・・
やはり沖縄は都会だからなあ。奄美は田舎だから。」

それは納得できる話である。
沖縄は「県」なのだ。
奄美はあくまで鹿児島県の一地方なのだ。同列に並べてかなうものではない。


終戦後であるが、
父が子どもの頃に、 島(奄美)に沖縄から芸能人がやってきて、
歌(民謡)や踊りを見せて廻ったそうだ。
そして父たちはそれを楽しみにしていたらしい。
「沖縄は都会だなあ〜」という憧れもあったらしい。
つまり娯楽の乏しい奄美に文化都市の沖縄から娯楽を提供しに来ていたという事だ。
沖縄は当時から進んでいたのだ。


NHKの音楽番組などで『沖縄特集』をすると、
付録のように「奄美の歌」が混じる時がある。あるいは懐メロ番組でもいい。
田端義夫『島育ち』(S37)、三沢あけみ『島のブルース』(S38)
が放送される事がある。(どういった訳か、この2曲は奄美大島が舞台なのです。)

すると、バックでは踊りで花を添えたりするのだけど、
頭に紫色のはちまきに黄色い着物を着ているのがあたりまえのように登場する。
・・・この格好は沖縄の衣装だ。
「ああ、一般的には奄美と沖縄は混同されているのだなあ・・・」
と苦笑してしまう。

まあたしかに奄美には舞台映えするような派手な着物はないから、
演出上仕方がないとも言える。


 さてここから本題の「奄美民謡沖縄民謡」の違いについて説明してきたいと思います。


【奄美民謡と沖縄音楽】1.



 最近は奄美民謡を取りあげてくれるTV番組もあり、勉強になるのでありがたい。
奄美民謡は「四七抜き音階」で、
日本の民謡・純邦楽の一般的な音階「レ・ミ・ソ・ラ・ド・レ」
と 同様である。音階メロディラインにこれといった違いはないのである。

 対し沖縄音階は、
レ・ラ抜き「ド・ミ・ファ・ソ・シ・ラ」で構成されているのが最大の特徴だ。
これこそが沖縄音楽の魅力を決定づけているものであり、独特の印象を残す。


 もちろんこの沖縄音階で「しっとりしたメロディ」を作る事も可能だが、
ここにあの陽気なノリの良いリズムを合わせると、
今日誰でも知る「いわゆる沖縄音楽」となる。
陽気で楽しいもんだから、現代のポップスとしても通用するのだ。

 ところが奄美民謡は、音階に特徴があるわけでもなく、
明るいユニークなテンポを主体としているわけではない。
・・・むしろ物悲しいメロディが多い。
 ボクが子どもの頃に見た光景でも、祖父が歌うと、それに返歌するように祖母が歌う。
しっとりとした歌だ。
男女の恋歌らしい・・・。
歌詞はボクにはわからないが「悲恋の歌」が多いようだ。
それから「労働の歌」「親を想う歌」などがる。


 近年になっても、喜納正吉の作った『花』や、
THE BOOM『島歌』があり良く知られている。
一度聴けばそれが沖縄音楽である事が容易に理解できて、また耳に心地よい。

こうして沖縄の音楽/文化は日本中に親しまれていくのに、
奄美の歌が注目される事はもうないだろうなあ〜・・・。
というのが我が家の見解であった(大げさな。笑)

・・・次回へ。

<◆◆・・・・  ∽  ・・◆◆>●<◆◆・・  ∽  ・・・・◆◆>

戻る。

8夜◆END


6夜『ドリームランドの事・2』へ▼

5夜『ドリームランドの事・1』へ▼

<
◆◆・・・・  ∽  ・・◆◆>●<◆◆・・  ∽  ・・・・◆◆>


1夜〜4夜へ▼

<
◆◆・・・・  ∽  ・・◆◆>●<◆◆・・  ∽  ・・・・◆◆>

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO